Insecta Mesoamericana

グアテマラ在住の虫屋が綴る自然誌雑記

数字蝶の謎 ~その3~

10月に入って雨季もそろそろ終わりかと思いきや、数日前から低気圧の影響で連日の雨。今日ようやく上がったが、あちこちで土砂崩れが起こっているようで、予断を許さない日が続きそうだ。一刻も早く天気が回復することを願うのみ。

 さて、今日はウラモジタテハの話の第三弾。実は、あの後、二種の混棲地を立て続けに2か所見つけたのだ。順を追って振り返るとしよう。

 9月19日、大家さんの息子さんとサンタ・ロサ県の某所へ。ここは彼が足繁く通っているフィールドの一つ。噂は彼からかねがね聞いていたが、行ってみてびっくり。噂に違わない、まさに蝶の楽園だった。最初に立ち寄った河川敷では、金属光沢を持つツバメガや巨大なシジミチョウに遭遇。

 

f:id:guatemusia:20151021131435j:plain

ツバメガの一種 Uranidae sp.

 

と、岩の上に1頭の蝶が飛来!

f:id:guatemusia:20151021131510j:plain

ミネラルを摂取するアンナウラモジタテハ Diaethria anna

 

 次に訪れた国道沿いの森では、切通しの崖で吸汁するウラモジタテハ二種を目撃。最後に訪れた集落でも両種が見られた。そして、ここではなんと農道の水溜りでタテハチョウ、シロチョウ、シジミタテハのありとあらゆる種が集団吸水! なかでも、白モルフォMorpho polyphemusと青モルフォMorpho helenorの両方を見られたのは圧巻だった。人と車の往来が激しかったため、生態写真の撮影はほとんどできなかったが、貴重な光景を目の当たりにし、そして貴重なデータが得られた旅だった。

 

f:id:guatemusia:20151021131729j:plain

ポリフェムスモルフォ Morpho polyphemus

 

f:id:guatemusia:20151021131755j:plain

ヘレノールモルフォ Morpho helenor

 

 翌週の日曜、今度はアルタ・ベラパス県のサンタ・クルス・デ・ベラパス市へ。県都コバンとプルラのほぼ中間に位置する小さな街だ。保護区の宿舎前で早速アンナウラモジタテハを目撃。そして、林道を歩いていると、なんとヘレノールモルフォが! モルフォといえば蒸し暑い熱帯雨林のイメージがあるが、意外や意外、こんな涼しい山地林(標高1400m)にも生息しているのだ。

 

f:id:guatemusia:20151021132235j:plain

  ヘレノールモルフォ Morpho helenor

 

 ふと林道沿いの電信柱を見ると、そこにはなんとウラモジタテハが鈴なりに! その数、15個体以上。アンナに混じってアスタラも数頭いる。よく見ると、孔からセメントが流れ出た痕があり、そこからミネラルを摂取している。俊敏に飛翔するうえに、電柱上に止まっていることもあって、採集するのは至難の業だったが、その代わりじっくりと行動を観察することができた。

 

f:id:guatemusia:20151021132308j:plainsta

ミネラルを摂取するアンナウラモジタテハDiaethria anna(下)とアスタラウラモジタテハD. astala(上)

 

以下、これらの調査でわかったことをまとめておく。

 ①アンナには地理的変異あり

サンタ・ロサ県の個体とベラパス2県(プルラ及びサンタ・クルス・デ・ベラパス)の個体では、翅の色彩パターンが顕著に異なる。前者には後翅表面に金緑色の太い帯があるが、後者ではその帯はきわめて細い。また、裏面の「88」の模様は、後者の方が前者よりもラインが太い。一方、アスタラでは地域間で色彩の違いは見られず。

 ②密度はアンナ>アスタラ

サンタ・イサベル農園でも、今回訪れた2か所でも、個体数は常にアンナの方がアスタラを上回っていた。大雑把なカウントだが、アスタラ1頭に対してアンナ3~5頭の割合だった。

 ③ミクロハビタットは種間で重複

活動場所を種間で違えているのかなと思ったが、ミネラル吸収個体を見る限り、そのような傾向はなし。写真のように、同じ場所で両種が吸汁していたからだ。縄張り・求愛・採餌などの場所が種間で異なっている可能性はあるので、これだけで棲み分けなしと決め付けるのは早計だが、少なくとも生息場所が重なっていることは確かだろう。

 ④異種間の相互作用は少

行動を観察していると、写真のように二種が近接する場合があったが、不思議とこれらの個体間の干渉行動は見られなかった。一方、アンナ同士、アスタラ同士ではそれぞれ同種他個体に正面から接近する行動が一回ずつ見られた。雌雄までは判別できなかったが、求愛行動かもしれない。これを見る限り、少なくとも静止時には互いに種認識できている可能性が高そうだ。飛翔中の干渉(他種個体の追飛)があるかどうか、興味あるところ。

 それにしても、標高も植生もこんなに大きく違うのに(サンタ・ロサ県の森は標高700~800m)、2か所とも両種が混棲しているのは不思議だ。モルフォもそうだが、こうして環境要因だけで説明できないパターンに出会うと非常に興味をそそられる。

 ちなみに、10月に入ってからも、首都のParque Cayaláとアンティグア近郊でそれぞれアスタラを1頭ずつ目撃。これらのサイトは、単独生息地なのか、それとも混棲地なのか…。謎の解明に向けて、調査はまだまだ続く。